1月3日: デニス・クシニッチ                                                
             「戦争のブッシュ」に挑戦する平和の大統領候補
   (きくちゆみ)                     

クシニッチの先進的な政策

 デニス・クシニッチという名前を聞いたことがあるだろうか?「ある」という人は日本では極めて少ないと想像する。彼は2004年の米大統領選挙に民主党から立候補している9人の候補者の1人だ。クシニッチは、1996年にオハイオ州から選出された民主党下院議員で現在4期目。米軍のイラク侵略の非合法性を議会で主張し続け、イラク戦争反対の論陣をリードし、下院議会での約150の反対票を束ねた人だ。
 合衆国憲法の基本に戻ることを主張し、テロ対策を理由にアメリカ人の基本的人権を脅かしている「愛国者法」に反対した唯一の大統領候補でもある。非暴力をあらゆる組織の基本原則にし、暴力に変わる紛争解決を家庭から国家のレベルまで目指す「平和省」を創設する法案を提出したのも彼だ。2010年までに米国のエネルギーの20%を再生可能エネルギーで賄うという大胆なエネルギー法案も提出し、化石燃料と原子力発電への依存からの脱却を目指している。宇宙空間の軍事利用を禁止した法案も提出した。
 アメリカから職業を奪い、世界の環境破壊に拍車をかけているグローバリゼーションに反対していることも、クシニッチと他の候補者を明確に分ける。大統領になって最初にする仕事は、北米自由貿易協定(NAFTA)と世界貿易機関(WTO)から脱退し、労働者の権利と環境の保護とフェアトレードに基づいた二国間貿易協定をすべての国と締結し、京都議定書や国際刑事裁判所や軍縮条約のすべてに署名することだと主張するデニス・クシニッチ。このような平和で持続可能な世界を創造しようとする大統領候補がアメリカから出てきていることに、新しい時代の始まりと大きな希望を感じているのは、私だけではない。
 上記のような政策を下院議会で主張し続けてきたクシニッチのことは、反核運動や平和運動、環境運動などに携わる一部の人の間ではある程度知られている。しかしアメリカ全体での知名度は高くない。

 

クシニッチとの出会い

 私がはじめてデニス・クシニッチの存在を認識したのは、昨年1月のこと。アフガニスタン攻撃以来盛り上がってきたアメリカの反戦運動を取材し、参加するためにアメリカに滞在していたときのことだ。ネットで流れてきたそのメールは、クシニッチが「イラクと経済」に関して彼の出身地であるオハイオ州クリーブランド市で1月5日に行った以下のような演説だった。
「私が描くアメリカとは単独行動主義の変わりに世界調和を求める国です。最初に攻撃する国ではなく、最初に手を差し伸べるような大国。世界の人々の重荷を軽くするために努力する国。援助を請われたら爆弾ではなくパンを、ミサイルではなく医療援助を、核物質ではなく食料を分配するのがアメリカなのです」
 衝撃を受けた。この演説が行われたときは、ブッシュ政権が国際社会の声を無視してイラク攻撃の準備を整え、いつ攻撃するかは時間の問題、というときだった。そんなときに、米国議会現役の下院議員でこんなことを言う人がいるということに新鮮な驚きを覚えた。
 私はグローバルピースキャンペーンのメールニュースで、クシニッチとこの演説を紹介し、「もし彼のような人がアメリカの大統領になったら、どんな世界が可能でしょうか」と書いた。
 それから数ヶ月たって、デニス・クシニッチが大統領選に立候補した、と聞いたときは、さらにびっくりした。奇跡が起きた、とまで思った。アメリカの大統領が簡単に武力攻撃を選ばない人になったら、非暴力を基本にすべての政策をすすめるようになったら、すべてのいのちの繁栄と持続可能性を優先する人になったら、この世界は一変するだろう。この人に会いに行こうと決めた。演説がうまいだけの政治家はごまんといる。デニス・クシニッチがどれほど本気でこれらの政策を打ち出しているのか、ブッシュ政権に対抗し政策を実現する能力があるのか、見定めてみたかった。
 私は2003年の5月、9月とクシニッチに会うためにアメリカに飛び、彼の選挙遊説に同行した。そして現在、アメリカに滞在し、3月までアメリカの大統領予備選挙と彼の言動を追っている。

 

9-11以降のアメリカと平和運動

 アメリカの大統領は、誰がテロリストで誰がそうでないか決めることができる。「アメリカの側につくのか、テロリストの側につくのか」と世界中に決定を迫る。アメリカのグローバル戦略に従わない勢力は誰もが「テロリスト」かその予備軍にされる。イラクの次は、イランか、シリアか、北朝鮮か。世界中が脅され、緊張している。アメリカが法であり、神だ。神様に気に入られるためには、日本の憲法だってあってなきがごとし。ついに自衛隊をイラクに派兵するという未曾有の事態になってしまった。
 「9-11事件」以降のアメリカの単独行動主義は目に余る。確か一昨年、タイム誌が行った世論調査で「世界にとっての脅威の国家は?」という質問があったが、アメリカと答えた人がイラクや北朝鮮をはるかに抜いて、8割近くに登った。私も同感だ。ブッシュ政権は世界の脅威だ。もしアメリカ様のご機嫌を損なったら、彼らの利益を損なうことを言ったり、してしまったら、いつテロリストにでっちあげられるかわからない。
 しかし、それに対抗する反戦・平和を求める人々が国境を超えてつながり、声を上げ始めたのも、9-11がきっかけだった。アメリカのANSWER連合が呼びかけた2003年1月18日と2月15日のデモは、この地球の全大陸に波及し、およそ2000万人が「イラク攻撃に反対」「石油のために血を流すな」「始まる前に戦争を止めよう」と声をあげて立ち上がった。
 ベトナム戦争を止めたアメリカ市民は健在だっただけでなく、さらに若い層や新しい層が育ち、運動が多様になった。日本でも60年代以来久しくなかった反戦運動が盛り上がり、ワールド・ピース・ナウという約50団体の市民連合などが東京で4万人のデモを成功させた。ヨーロッパの主要都市では百万人を超える規模のデモが繰り返された。スペインなどアメリカ政府に追従している国ほど、反戦デモの規模が大きく、400万人もが集まった。
 2004年11月の大統領選挙でブッシュ政権の終焉を願う地球市民の数は、かつてないほど増えているのを感じる。そのためには、ブッシュ大統領に対抗できるリーダーが必要だ。

 

大統領予備選挙の行方

 アメリカの政治は二大政党制で、共和党・民主党がそれぞれ大統領候補を選び、最後に二人の一騎打ちになる。緑の党などの独立政党も存在しているが、まだまだ政権を獲得する力はない。共和党の候補者は再選を狙うブッシュ大統領。民主党は1月19日にアイオワから始まる予備選挙で候補者が絞られ、7月の民主党党大会で候補者を決定する。
 現在、大統領予備選と言われる民主党の指名獲得選挙をリードしているのは、元NATO司令官のクラークと元バーモント州知事のディーンだ。黒人女性候補者のブラウン下院議員と黒人宗教指導者のシャープトン候補、そしてデニス・クシニッチの3人は勝ち目がないという判断で、ABC放送が12月に早々と担当記者を引き上げた。
 しかし、インターネットの世論調査では、異変が起きている。たとえばPOTUS Poll(アメリカ大統領世論調査)では9月まで常に一位だったディーンを抜いて、10月、11月と連続でクシニッチが一位になり、しかもはじめての過半数を獲得した。かなりメジャーなシカゴ・トリビューン紙の世論調査でも、クシニッチは48%を獲得して1位になった。テレビにはほとんど登場しないクシニッチがCNBCの調査でも1位になった。2位はディーン、3位はクラークと続いている。
 メジャーのCNN・ギャロップ・USA TODAYの調査ではクラークが強く、ディーン、クシニッチと続く。私が見た世論調査の大部分でクシニッチは上位3位までに入っているし、1位のことも多い。それなのに、どうしてABCが早々とクシニッチを見切ったのか、興味深い。
 私はこのことで、ABCにインタビューを申し込んだ。そして副社長のジェフリー・シュナイダーとメールのやりとりをしたが、彼の回答は紋切り型のものだった。
「これまで他のどの局よりも、ABC放送はすべての候補者をフェアーに報道してきました。限られた予算と人員の中でよりクシニッチ陣営から担当記者をはずしたのは、妥当な決定で、あなたの質問は誤解であり、的外れです」
 私が一番聞きたかったのは、クシニッチはさまざまな世論調査で他の候補者よりも健闘しているのに、なぜ?というところだったのだが、その後の質問には回答がなかった。後述するが、この直前に大統領候補のABCテレビ討論会でちょっとした事件があったのだ。

 

富裕層が恐れるクシニッチ

 本当のところは、アメリカの権力を握る特権階級の人たちが一番恐れている候補者がデニス・クシニッチなのだ、と私は思う。アメリカでは1%の富裕層がアメリカのすべての冨の40%を持つ。彼らは共和党でも民主党でもない。自分たちの利益が最大になるように戦略を練り、冷徹に実行する。アメリカ大統領といっても所詮、陰の権力者たちの操り人形にすぎない、という見方はかなり現実に近い。
  ブッシュが金持ちの減税を主張するとき、クシニッチは労働者層や貧困層の暮らしが楽になるような国民皆保険や教育費の無料化、再生可能エネルギーや学校や道路の再建で雇用を増やし、失業率をゼロにする政策も打ち出してくる。戦争が何も解決しないだけでなく、富裕層をますます富まし、貧困とテロを蔓延させていること、アメリカのイラク攻撃が国際法に違反していることを執拗に議会で主張する。マスコミが取り上げず、アメリカ人がもう忘れてしまっても、戦争を正当化したイラクの大量破壊兵器がいまだ見つからないことを追求し続ける。グローバリゼーションに反対し、フェアトレードと環境保護と労働者の権利の保護を主張する。
 イラク戦争に反対している候補者には他にもディーンやクラーク、シャープトンがいる。しかし軍事予算の削減を主張するのはクシニッチだけだ。アメリカの軍事予算は2003年度に4000億ドルに膨らみ、世界の軍事予算の約半分を占め、その他の予算が削減を余儀なくされている。口で戦争反対を唱えても、お金さえ回してくれる大統領候補ならば、軍産複合体で儲け続ける人たちは安泰だ。ネット上では「ディーンを応援する共和党員」というサイトまである。
「バグダッドを破壊し、アメリカを攻撃しようとしていない人々を殺すお金があるのに、どうして我が国の橋を補修するお金がないのか」と問い続けるクシニッチ。彼の試算によれば、国防予算の15%を削るだけで、米国のすべての子どもたちの教育費を無料にし、すべての人に健康保険を与え、失業をなくす政策が実現できるという。そんなことは夢という人が多いが、アメリカは世界一豊かな国で、それだけのことが可能だ。ただ実現する意志とリーダーシップさえあれば。
 クシニッチを応援している人たちはは口々にこう言う。
「デニス・クシニッチを大統領に選ぶチャンスを逃すことは、ブッシュをまた大統領に選んでしまうのと同じぐらいの悲劇だ」
 悲劇が続くのか、あるいは逆転劇がおこるのか。

 

民主党員の登録が激増

 民主党候補に予備選挙で投票するには、まず民主党員として登録をしなければならない。12月末でその登録を締め切ったニューメキシコ州では、民主党員の登録が劇的に増えている、という報道があった。ある郡では11月で600人、12月には900人も増え、多くの人が共和党や緑の党から民主党に鞍替えしているが、その理由が何かわからない、という内容だった。
 「ブッシュをホワイトハウスから追い出したい」というアメリカ人は多い。しかし、その多くがまだクシニッチを「発見」していない。アメリカのマスコミは選挙資金の獲得額で大統領選の行方を占いがちで、企業献金を断って草の根で大統領選挙を戦っているクシニッチが選挙資金額で上位になることはまずない。資金力ではディーンが郡を抜いて優勢で、クラークが続く。しかし、実際の選挙は投票の数で決まる。集めた金額ではない。
 12月のABC放送の民主党候補のテレビ討論会でクシニッチは明確にマスコミを批判した。
「この国のマスコミが私たちをどこへ連れて行こうとしているのか。最初は著名人の支持者について、次は世論調査、そして最後は選挙資金の額についてばかり質問する。これでは政策について論争しなくて済む。有権者は政策で候補者を選ぶことができない」
  彼のこの発言にABCの名アンカーのテッド・コッペルは怒り、顔を赤らめた。クシニッチ陣営から担当記者の引き上げが発表されたのは、その直後のことだった。 「復讐か、それとも単なる偶然の一致か?」と私は気になった。それでABCへのインタビューを試みたのだ。このクシニッチ発言と、記者の引き上げとは関係があるのか、と。回答はもちろん「無関係」だった。


 
あるホームレスとクシニッチ

 最後にクシニッチがどういう人間かを伝えるエピソードを紹介したい。クシニッチを応援するメーリングリストにサンフランシスコのボランティアが投稿したものを許可を得て、抄訳した。

(2003年12月200日 ラリー・クシ著)
  デニス・クシニッチが乗ったミニバンが教会に近づいていたときのこと。私はちょうどそのとき、携帯で講演会の担当者とどこに駐車すべきか、そしていつ教会に入るべきかを話し合っていました。2、3分外で待っているように指示されたので、私は彼らの車をILWU本部のとなりの小道へと誘導しました。そこなら駐車できると思ったからです。
  ミニバンがそこに止まり、私はこの日の打ち合わせのために車に近づいていきました。そのとき、1人のホームレスが私を見ていました。彼はなにか重要なことが起きている様子に気づいたようで「ミニバンには誰がいるのか」と聞いてきました。
  私はちょうどそのときデニスのパンフレット「進歩的候補者の10の政策」をポケットにもっていたので、それを取り出して彼に渡し、「車の中にいるのはデニス・クシニッチ、アメリカの次期大統領候補。彼はこれから約1時間後にこの教会で話します」といいました。私は彼に教会に来て話を聞くように招待しました。彼の目が輝き、彼は「デニス・クシニッチ。信じられない」といいました。
  私が打ち合わせを終えて、ミニバンから離れ、講演会の担当者に彼らがどこに駐車しているかを伝えようとしたときのことです。ホームレスの男は私に近づいてきて、パンフレットを差し出し、これにデニスのサインをもらえないか、と聞いてきました。私は彼の名前を聞き「やってみます」と言いました。
  数分後、デニスがミニバンから出てきたとき、私は彼にホームレスと話をし、サインをしてもらえるか、と聞きました。デニスはためらう様子は全くなく「もちろんさ」と言いました。デニスはホームレスの男がいる場所へ歩いていき、彼を抱擁し、彼自身のことを質問しました。2人はとても個人的な会話を30秒ほどしたあと、デニスは自分の生い立ちに触れ(注:クシニッチも路上で暮らした経験がある)、彼がいかに他人の状況に関心を持っているかを話しました。私はすかさずパンフレットをデニスに手渡し、サインをしてもらいました。
「xxへ、幸運を!  −デニス・クシニッチ」と書いてありました。デニスはその男の耳元で何かをささやき、もう一度抱きしめ、通りを渡って教会へ歩いていきました。
  これは宣伝のためのやらせではありません。カメラのためにやったことではないのです。1人の人間からもう1人の人間への、シンプルで心からの希望と友情のしるしです。希望の光と可能性があまりにも翳ってしまうことが多い人間の経験の中で輝く光です。

 日本のマスコミでは東京新聞とNHKラジオが私を取材するという形でデニス・クシニッチを取り上げてくれたが、それ以外では彼を取り上げる価値のある候補者と考えるところはないようだ。懇意にしている朝日新聞の記者も「彼はまず可能性はないだろう」と冷ややかだった。日本のマスコミの米国報道の情報源は、アメリカの大手マスコミに限られている。ここアメリカでも、マスコミで彼の名前を聞くことは稀なのだから、当然、日本で彼が取り上げられることはますます皆無に近くなる。
 だからこそ、私はデニス・クシニッチについて、チャンスがあるたびに書こうと思う。私がアメリカの大統領選挙にこれほど関心を持つのは、2004年にもブッシュ大統領が再選され、ブッシュ政権があと4年も続いてしまったら、戦争の継続と環境の悪化と経済の疲弊で人類の未来がとても危ういものになることが予想されるからだ。
 それを食い止めるビジョンと政策を掲げた類い稀な人物を見つけた。デニス・クシニッチの当選の可能性は今のところ低い。がその可能性がゼロではない限り、私はできることをやり続けよう。

 

きくちゆみ
グローバルピースキャンペーン発起人。マスコミ・金融界を経て、90年に環境NGO設立後、環境・平和をテーマに執筆・講演活動開始。98年より安房鴨川で自給的暮らしの場「ハーモニクスライフセンター」を運営し、子育てをしながら半農半著の生活をしている。著書に『デニス・クシニッチ』『地球と一緒に生きる』『超自然派生活のすすめ』『バタフライ』他、訳書に『戦争中毒』『一本の樹が遺したもの』。

 

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